西尾光弘「日常の一部になった別世界」【村民インタビュー】

西尾光弘さん

福井県福井市出身、高校卒業後、北陸農政局職員として現在勤務中。結婚やお子さんが生まれたことを機に新潟に定住。まきどき村には15年以上通う。

インタビューした人:酒井明
今回はまきどき村に15年通い続ける西尾さんです。まきどき村には数々の思い出があるそうで、インタビューをしていて、西尾さんの思い出のアルバムを一緒にめくっているような気分になりました。

頑張らなくてもいい

 「まきどき村の朝ごはんのように、いろりを囲んで人と触れ合える時間や、贅沢ではなくても美味しいと言ってご飯を食べる時間が持てることかな」と西尾さん。

まきどき村では劇的な何かがあるわけではありません。「何気ない暮らしの一部のような空間や頑張らなくていいという雰囲気」がまきどき村にはあります。沢山の地域でのイベントに参加されてきたという西尾さんですが、まきどき村で得られるこれらのことは、他では得られない満足感だといいます。

 まきどき村では、毎週日曜日に朝ご飯会を行っています。囲炉裏を囲いながら、近くにあるまきどき村の畑からとった野菜を使ったご飯を参加者で食べます。誰でも参加できるので、その日になるまで、誰が参加するのかは未知数。私も何度か参加しましたが、野菜を収穫すること、ご飯を一緒に食べることは、「同じ釜の飯を食べる者同士」の距離を自然と縮めてくれると実感しました。

はきはきとして何でもできそうな西田卓司さんとの出会い

 福井県出身の西尾さんがなぜ新潟に、そしてまきどき村に通うようになったのでしょうか?

 西尾さんは高校を卒業後就職して、最初に降り立ったのが新潟の巻町だったそうです。そして、ご結婚された奥様の故郷が新潟でした。西尾さんは何かと新潟との縁が多かったのです。国家公務員であったため、住む場所を転々としていましたが、二度目の巻町異動となった時、公民館の茶道教室に行くようになったそうです。ここでまきどき村の創設者である西田卓司さんと出会がありました。「西田さんはとても、コミュニケーション能力が高く印象深かった」と西尾さん。そんな西田さんは畑作業が行える公園(まきどき村の前身)を作ろうとしていました。

 その後その公園については忘れていた西尾さんですが、数年後、西田さんを偶然新聞で見かけ、まきどき村を創設したことを知ります。西尾さんは強い好奇心を持ち、まきどき村に参加するようになりました。

西尾さんにとってのまきどき村

 15年もまきどき村に通い詰めている西尾さんにはたくさんの思い出があります。西尾さんのお子さんを連れていくと、そこに来ていた子供たちが仲良く一緒に遊んでくれたこと、尺八を演奏してくれた人がいたことなど、たくさんの思い出を話していました。またいろりを囲んでみんなでご飯を食べているときにはみんなが大家族のように感じて心が和んだこともあるといいます。

 そんな西尾さんにとってまきどき村は「仕事や家族とはまた違う別の世界」だそう。仕事での大変なことを忘れることが出来るまきどき村は心の休息の場だったといいます。落ち込むことも減り、まきどき村へ通うことが、心の安定に繋がったそうです。やはり西尾さんにはまきどき村が日常の中に入り込んでいるのだなと感じました。

学校や家族、仕事とは別のコミュニティを持つことは、人の心にある不安やストレス、孤独感を軽減することに繋がるのではないかと今回のインタビューを通して感じました。

酒井明 https://makidoki.localinfo.jp/posts/7589658

トビラプロジェクト https://makidoki.localinfo.jp/pages/2134552/page_201807301425

まきどき村

新潟市西蒲区福井地区で、毎週日曜日の朝6時から、畑仕事と朝ごはんを作って食べる集まりをしています。

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